Cクラス
過去20年間で最少開催数となる全5戦で争われた今年の全日本ラリー選手権は、例年以上に1戦ごとの確実なポイントの積み重ねがタイトル獲得への最低条件となった。奴田原文雄選手(三菱ランサーエボリューション)は今年もFIAプロダクションカー世界ラリー選手権(PWRC)参戦を続けながら、同選手権にも全戦参戦し、4年連続、通算6度目の全日本タイトル獲得へ挑戦した。
第1戦は奴田原選手が12SS中、8SSでトップタイムをマークする圧倒的な速さをみせ優勝。また、中盤にトラブルで後退した石田正史選手(三菱ランサーエボリューション)も終盤に見事な追い上げを見せ2位に入賞した。
第2戦は奴田原選手が序盤トップに立つがトラブルにより後退、代わって首位に立った石田正史選手もリタイヤとなり、これにより首位となった鎌田卓麻選手(スバル・インプレッサ)が続く石田雅之選手(三菱ランサーエボリューション)の猛追をかわし優勝。奴田原選手も後半追い上げ3位に入賞した。
第3戦はFIAアジア・パシフィックラリー選手権(APRC)第4戦と併催で開催された。奴田原選手はSS2でAPRCのオフィシャル追上車に追いついてしまう不運に見舞われ、集中力を乱された奴田原選手は鎌田選手に先行を許してしまう。後半から素晴らしい追い上げを見せるも、僅かに届かず2位となった。
第4戦は奴田原選手が前2戦のウサを晴らす気迫の走りで2勝目を獲得、シリーズを争う鎌田選手はリタイヤとなったため、15ポイント差で再び首位に立った。
最終戦となる第5戦でも奴田原選手が序盤からトップタイムを連発する圧倒的な速さを見せると、唯一逆転チャンピオンの可能性を残していた鎌田選手がウェットとなったSS6でコースアウト、リタイヤとなり、この時点で奴田原選手のシリーズチャンピオンが確定*した。ラリーはその後も奴田原選手がトップを譲ることなく3勝目を飾った。シリーズ上位10台中、全戦完走は奴田原選手ただひとり、その内容も3回の優勝と2位、3位が各1回と完璧なものであった。石田雅之選手は第4戦こそコースアウトによりリタイヤとなったが、残り4戦はベテランらしく、2.3.4.5位と全て入賞する速さと安定性を見せ、2位の鎌田選手に7ポイント差まで迫るシリーズ3位となった。
また、今季Cクラスに参戦した全マシンの内、三菱車は76%を占める圧倒的なシェアであった。
Bクラス
エンジンが1401ccから2000ccまの4輪駆動車が参加するBクラスは、参加に適した車両の選択肢が非常に狭いため、参加者はCクラス用のマシンから過給機(ターボチャージャーとそれに関わる補機類)を取外した車両で参戦している。この特殊な事情により参加車両は10台前後とやや寂しいものとなり、トップカテゴリーのCクラスの影に隠れてしまいがちだが、毎戦ランサーやミラージュの三菱車勢とスバル・インプレッサ勢のシビアな戦いが繰り広げられている。第2戦では田中伸幸選手(CMSC札幌 三菱ランサー)が優勝する活躍を見せ、シリーズ3位の座を獲得した。シリーズトータルでは上位10台中6台が、また今季Bクラスに参戦した全マシンの内、半数以上が三菱車で占められ、このクラスにおいても三菱車の高いポテンシャルが証明された。
2006年からの規定変更
2006年より、全日本ラリー選手権規定が変更され、2輪駆動部門と4輪駆動部門とに分かれて開催されていた競技会は統一され、また参加車両区分も現在のA.B.Cの3クラスから、FIA公認国際ラリーの排気量区分と同じ4クラスに変更となり、Bクラスの主力マシンであったRB車両(注)も06年から参加不可となる。これにより2006年はクラス1(1400cc以下の車両 現行Aクラス)とクラス4(2001cc以上の車両 現行Cクラス)の参加車両に大きな変更は見られないと思われるが、クラス2(1401cc以上1600cc以下)とクラス3(1601cc以上2000cc以下)は参加車両に大きな変化が現れると予想されている。
*正式な選手権の順位認定は12月1日のJAFモータースポーツ表彰式によって行われる。
(注)2002年12月31日以前に初度登録された車両で、2002年度ラリー車両規定に従って製作された車両。