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| 2001年9月12日 株式会社ラリーアート |
パリ〜ダカールラリー 「三菱ラリーアートチーム」
ブレーマー監督逝去
後任にドミニク・セリエス
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| 2001年パリ〜ダカールラリーで最期の指揮を取った ウルリッヒ・ブレーマー監督 (写真中央) 指示を受ける増岡浩(左)とコ・ドライバーのパスカル・メモン (右) |
| パリ〜ダカールラリーなどクロスカントリーラリーで「三菱ラリーアートチーム」の監督を務めたウルリッヒ・ブレーマー氏(61歳、ドイツ)が9月11日午後、パリの病院で亡くなった。ブレーマー氏は1983年パリ〜ダカールラリーから19年間に渡り、“砂漠のラリー”で同チームの監督を務め、篠塚建次郎選手の日本人初のパリダカ優勝(1997年)、ユタ・クラインシュミット選手の女性初のパリダカ優勝(2001年)を実現するなど、三菱パジェロでパリ〜ダカールラリー6回の総合優勝を達成した。
後任には2000年パリ〜ダカール〜カイロラリーで篠塚建次郎選手のコ・ドライバーを務めたドミニク・セリエス選手(40歳、フランス)が就任する。 |
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ウルリッヒ・ブレーマー 1940年4月13日生まれ。 1983年のパリ〜ダカールラリーから19年に渡ってクロスカントリーラリーでの「三菱ラリーアートチーム」の監督を務める。2000年7月より、三菱自動車欧州販売(MMSE)傘下の欧州におけるメガディーラー「MMC SALES ILE-DE FRANCE」社のスポーツディレクターを務めた。 |
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| ■ 主な戦績(監督) | |||
| 2001年 | パリ〜ダカールラリー | 総合優勝 | (ドライバー:ユタ・クラインシュミット) |
| 1998年 | パリ〜グラナダ〜ダカールラリー | 総合優勝 | (ドライバー:ジャン-ピエール・フォントネ) |
| 1997年 | パリ〜アガデス〜ダカールラリー | 総合優勝 | (ドライバー:篠塚建次郎) |
| 1993年 | パリ〜ダカールラリー | 総合優勝 | (ドライバー:ブルーノ・サビー) |
| 1992年 | パリ〜ケープタウンラリー | 総合優勝 | (ドライバー:ユベール・オリオール) |
| 1985年 | パリ〜アルジェ〜ダカールラリー | 総合優勝 | (ドライバー:パトリック・ザニロリ) |
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ドミニク・セリエス 1961年7月4日生まれ。 1992年のアトラスラリーから「三菱ラリーアートチーム」の一員として長年に渡ってブルーノ・サビー選手のコ・ドライバーを務めた。1999年から2000年までは篠塚建次郎選手のコ・ドライバーとして活躍した。 |
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| ■ 主な戦績(コ・ドライバー) | |||
| 1999年 | UAEデザートチャレンジ | 総合2位 | (ドライバー:篠塚建次郎) |
| ポー・ラス・パンパス | 総合2位 | (ドライバー:篠塚建次郎) | |
| チュニジアラリー | 総合2位 | (ドライバー:篠塚建次郎) | |
| グラナダ〜ダカールラリー | 総合2位 | (ドライバー:ブルーノ・サビー) | |
| 1995年 | グラナダ〜ダカールラリー | 総合2位 | (ドライバー:ブルーノ・サビー) |
| 1993年 | パリ〜ダカールラリー | 総合優勝 | (ドライバー:ブルーノ・サビー) |
| アトラスラリー | 総合優勝 | (ドライバー:ブルーノ・サビー) | |
| 1992年 | アトラスラリー | 総合優勝 | (ドライバー:ブルーノ・サビー) |
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